医学部医学科 相庭 昌之
留学先:
実習期間:2018年6月4日~6月29日(4週間)
留学の種類:北海道大学医学部医学科(医学教育・国際交流推進センター主導)トライアル派遣
留学時の年次:6年次
1. 南洋 理工大学について
南洋理工大学は、シンガポール南西部にあるアジアでもトップクラスの大学である。私が留学したLee Kong Chian School of Medicineは南洋理工大学およびImperial College Londonと協定を結んだ医学部であり、シンガポールにおける医師を育成するために最先端の研究および教育を行っている。医学部校舎は比較的市街地に近い場所に位置しており、シンガポールの中心部から地下鉄で10分ほどと非常にアクセスが良い。
2. 実習内容
(A) 2週間 Tan Tock Seng Hospital 内分泌科
実習の内容は主に外来の陪席(糖尿病・内分泌)、病棟回診、甲状腺針生検の見学であった。シンガポールでの糖尿病診断や管理、内分泌疾患の疫学や治療方針決定について学んだほか、病院間のカルテ共有システムについても学んだ。日本であまり見ない持続血糖測定器の説明も受けた。良かった点としては先生が外来や検査の合間に逐一質問を受け入れてくれたことで、わからない略称や用語について説明していただいた。つたない英語でも丁寧に答えていただいた。また、Nurse Counselingという看護師による患者への説明ブース(インスリン注射の方法、医療費免除申請のやり方のレクチャーなどが行われていた)を見学できたことは、シンガポールでの医師・看護師関係を学習するうえで有効であった。ただ、回診や外来が忙しい時は、どうしても見るだけになってしまった。先生も多忙だとは思うが、カンファレンスなど学生の理解が及ばないと思われる場面では、可能な限り説明にあたっていただける先生をつけていただけると、さらに充実した実習になるのではないかと考えた。あとは全くといっていいほど患者さんと話す機会がなかったので(日本人留学生だからなのか、理由はわからない)、留学生と会話していただける患者を紹介していただけると英語で症状や気持ちについて問診できる機会になると感じた。外来は忙しいので難しいと思うが病棟患者で調整していただければより実践的になると思われる。
(B) 2週間 National Skin Centre 皮膚科
実習の内容は主に初診外来・専門外来陪席、病棟回診、皮膚外科見学であった。皮膚科疾患の治療プロトコルや治療薬について、日本の標準治療との相違点を学ぶことができたほか、皮膚科に紹介されるまでの流れについて学んだ。私個人的には、日本で保険収載されていない薬がシンガポールで処方されている実情を見て、海外と日本における新薬導入までの期間の差(通称ドラッグ・ラグ)を実際に肌で感じられたことが最大の収穫の一つである。専門外来は疾患群ごとに分かれており、湿疹、乾癬、性感染症など皮膚病変を体系的に見て学習するのに非常に効果的であった。特に性感染症の外来は日本では学生にはまず見ることができないと思われる。私の質問にはどの先生にも丁寧に、派生知識まで含めて解説をしていただき理解が深まった。ただ、自分が手を動かしたり患者と話をしたりするということはほとんどなかったほか、ほとんどが外来参加で病棟管理の現場を見ることはあまりなかったため、入院患者の管理については学べなかった。また現地の医学生とは全く異なるプログラムが組まれたので、医学生と関わる機会がなかったことは残念であった。現地の学生の皮膚科の臨床実習はCase-based Learningが基本のようで、そのレクチャーの様子を見たかったというのが個人的な感想である。
3. 留学に至るまでの準備
今回の私の留学に至るまでの経緯を時系列に沿って記載する。
なお、提出書類はすべてメールでの添付で、直接郵送した書類は留学費用の小切手のみであった。実習当日に原本を持参するよう書類に書いてあったが、実際は求められなかった。
A. 実習の申し込み登録、書類提出、実習期間及び病院
(2017年) | |
6月 | 南洋理工大学トライアル派遣についての説明を受ける。 |
7月下旬 | 国際連携室へ、南洋理工大学トライアル派遣希望を申し出た。 |
8月下旬 | 南洋理工大学への直接コンタクトを開始、実習希望科を伝えた。 (NUSのようなWebフォームは用いず、直接メールのやり取りを行った) |
9月上旬 | 南洋理工大学留学申込書および履歴書を送信した。 (ここから受入れの可否が連絡されるまでの期間が長かった。 ただ待つのではなく、ワクチンの準備やほかの書類が必要か確認するのが望ましい) |
9月下旬 | 提出書類に何があるかの情報(後述)を受け取った。 |
12月上旬 | 皮膚科の正規申請のため、パスポートのコピー、B肝ワクチン、海外旅行保険および学研災の加入証明書書類の提出を指示され、1月上旬までに提出した。 |
12 月中旬 | 内分泌科(2018/06/04~15, Tan Tock Seng Hospital)への受入れが決定し、以下の書類の提出を指示された。提出期限は渡航3か月前まで(一緒に送られてくる書類に記載あり)。このうち1)は先方から送られてくる書類を埋める。6)7)は国際連携室へ、4)は学研災の加入証明書として教務へそれぞれ作成を依頼した(後述)。8)9)のワクチンの抗体価書類の詳細については後述する。また、留学費用SGD500の支払小切手の作成を開始した。 (提出書類一覧) 1) Completed Application Form with Passport (As attached) 2) Photocopy of Passport/IC 3) Proof of Health Insurance (travel/health insurance provides coverage to send you home in case of medical emergency) 4) Proof of Professional Indemnity Insurance (not applicable to Singaporeans/PR) 5) Original Letter from University confirming active student status 6) Personal Protective Equipment (PPE) certification letter 7) Letter of Good Standing (LoGS) with official school stamp 8) TTSH Occupation Health Clinic immunization clearance form (As attached) 9) All relevant vaccination records |
(2018年) | |
1月上旬 | 皮膚科(2018/06/18~29, National Skin Centre)への受入れが決定し、病院へ実習申込書を送信した。 |
2月上旬 | N95 マスクテストが必要だといわれたため、村上先生に相談のもと、感染制御部の石黒先生に指導をお願いさせていただき、3月上旬にマスクテストを実施した。完了証明書を南洋理工大学へ送付した。 |
2月中旬 | ビザ発給のための在学証明書の作成を国際連携室に依頼した。(詳細後述) |
4月中旬 | ビザのIPA Letterを先方に送付した。 |
B. 航空券および宿舎
すべての受入れが決定した段階で、航空券と宿舎を予約した。現地で30泊できるホテルを探すのは意外と大変であり、ある程度目星を立てておいて、受入れが決定したらすぐ予約できるようにしておくのがよい。Airbnbは安いが民泊のリスクも考えるべきかと考える。
なお、私が泊まったホテルはChampion Hotel Cityというホテルである。MRTクラークキー駅から徒歩3分のところにあり、実習先及び空港へは1度乗り換えが必要だった。
C. ワクチン
抗体検査については先方から所定の書類が送られてくる。その書類以外に、抗体検査詳細(抗体価の数値など)も提出する必要があったため、国際連携室からいただいたImmunization Recordの書式に、大学で実施した麻疹、風疹、ムンプス、水痘、HBVの検査結果を英訳して記入し、村上先生に確認いただき書類を作成した(Relevant vaccination recordsとして提出)。提出にあたっては、大学からもらった抗体結果の日本語の原本も添付するとさらによいと思われる。Tdap(DPT)については母子手帳の情報でも大丈夫だった。大学で実施していないHIV、HCVの抗体価検査も求められた。結核のIGRAやツベルクリン検査については何も言われていない。HBV,HCV,HIVの抗体価は渡航6 か月前までの検査結果のみ有効であり、検査が早すぎても検査代が2 度かかってしまうので検査時期に注意が必要(私がそうだった)。そのためHBVについては大学の検査結果だと渡航6か月より前の結果なので再検査が必要になった。HBVワクチンの接種歴は大学のものを使用可。HIV,HBV,HCVについては札幌市立病院などに渡航外来があり、そこに問い合わせるべきである。なお、健康診断書やヘルスチェックの提出は求められなかった。
D. ビザ
シンガポールのワーキングホリデーパスを申請した。申し込みには在学証明書が必要なのだが、北大のACMで発行される型では情報が足りないため、国際連携室に作成を依頼した。時間がかかるので早めに行うのがいいと思う。申請自体はシンガポール政府のページにわかりやすく方法が載っている。パスが発行されて実際現地で受け取るのに必要な引換証の有効期限が3 か月で、一度切れたら12か月新規申請ができないので、渡航3か月前を過ぎてから申し込むことが重要だが、ぎりぎりもよくないので実習開始日の2か月前くらいが最適だと思われる。ちなみにだが、南洋理工大学の場合はIPA Letterを受け取ったらそれを先方に送付すると実習カリキュラムに合わせてパスを受け取る日時の予約をしてくれるうえ、当日もわざわざ一緒に作成についてきてくれるので、すごく手続きがしやすかった。帰国前日にパスを無効化する手続きを忘れないことが重要で、忘れると帰国できない可能性があるようだ。
E. 授業料
先述したがTan Tock Seng Hospitalの実習では留学費用としてSGD500を小切手で郵送した。National Skin Centreは当日手渡しで授業料を支払った。小切手は三菱UFJ銀行(札幌大通に支店あり)のようなSGD通貨対応の銀行に行って作成を依頼するのが必須で、北洋銀行や北海道銀行では対応不可能だった。作成期間は1週間ほど。本人が直接行かなければならないので春休みの作成が最適かと思われる。作成方法が慣れないと思うので、わからないことは何でも先方に問い合わせるのがよいと思う。
F. N95 マスクテスト
南洋理工大学トライアル派遣には、N95マスクテストが必要だった。シンガポール到着後でもテストはできるが英語が心配だったので、私は村上先生を通じて感染制御部の石黒先生にお願いし、マスクテストを行った。実施時期は3月上旬だった。南洋理工大学のほうから有効なマスクタイプについて厳しい制約があるので、あらかじめ有効なマスクの型を問い合わせておくべきである。
G. 海外保険
海外留学には必須。様々な種類のものがあるが、北大生協で斡旋している海外保険が一番加入しやすいのではないかと思う。申し込みと同時に加入が完了した。英語の加入証明書をもらい忘れないように注意が必要。また、これとは別に学研災の加入証明書も必要になるため、教務に英語版を依頼した。
4. 実際に留学に掛かった費用について
(※シンガポールでかかった費用については、1 シンガポールドル=およそ82 円で換算)
A. 交通費
新千歳からシンガポールまでの航空券は、2月上旬に全日空の往復で7万7千円ほどであった。留学の受入れ診療科が決まった段階で確保するとこのくらいの値段に収まると思われる。あとは現地のMRT(地下鉄)代が1日250円、4週間で5千円ほど(距離によって変わる)。実習でMRTを使う学生は、割引率がいいのでez-link card(日本のSuicaのようなもの)を購入すべき。
B. 宿泊費
ホテルに4週間滞在で21万5千円ほど。日本のように月単位でレンタルしている住居がほとんどないため、ホテルを探すとこのくらいの値段が最低ラインだと思われる。これより下がると治安や立地で不安な面が多くなるというのが私の感覚である。数人が同一の部屋に泊まるホステルや、民間で運営している学生寮のようなものもあるため、治安や安全性を考慮したうえでそちらも参考になると思われる。
C. 生活費
食事はフードコートやホーカーを利用すれば1食500円以内ですむため、トータルで4万円程度であった。付き合いで食事や飲み会に行けばそれだけかさむが、この金額には含んでいない。日用品は総じて高めなので、日常消耗品はなるべく日本から持っていくことをお勧めしたい。
D. 授業料
南洋理工大学の派遣では実習費を請求された。Tan Tock Seng Hospital(大体の診療科がそろう総合病院、以下TTSH)は4万円ほどだった(小切手作成料5千円別途かかった)。私が選択した皮膚科はTTSHにはなかったため、加えてNational Skin Centreでの実習も加わったため3万2千円追加になった。南洋理工大学に留学の場合TTSHに実習費を払うが、皮膚、小児、産婦、神経科は別途実習費がかかるので注意が必要。
E. その他(ビザ、ワクチンなど)
シンガポールでのワークホリディビザ発給に1万5千円かかった。また、HIV,HCV,HBVの抗体検査のため2万円ほどかかったほか、追加でムンプスウイルスのワクチンを接種した。海外保険は北大生協で扱っている東京海上日動のものに加入し、1か月で2万3千円であった(保険プランによる)。
以上すべてを合算し、総額50万円前後かと考える。
5. 留学を終えて後輩学生へアドバイス
A. 事前準備
留学前には書類準備だけでなく、知識や英語面での準備が欠かせないと思うが、実際に留学を経験して、基本の英会話力は重要ではあるものの、先生方もこちらに配慮してくれるのであまり気にするべきではないと感じた。むしろ、先生方が教えてくださっていることを聞き逃すことの方がもったいないので、派遣診療科の知識(治療法、疾患の英語名など)はある程度身につけてから留学することを強く勧める。特に私が留学した内分泌科、皮膚科など知識がベースとなる科は先生方との会話がメインなので、その重要性は増すのではないかと思われる。日本の疫学や診断基準を知っていると先生方と会話が弾みやすい。
B. 実習中
シンガポールでも、日本人は総じておとなしいと思われているようだ。ただ、シンガポールに住む方々は競争社会を生き抜いているせいか、自己主張が強いので、質問や発言をためらう必要はないと思われる。むしろ先生方は日本以上に質問を歓迎してくれる雰囲気があり、大半の先生は日本人の英語を理解してくれようと努めてくださるので、少しでも疑問に思ったらためらわずにその場で質問することを勧めたい。
C. 宗教・食文化
シンガポールはイスラム教徒の割合が日本よりも多いため、イスラム教でタブーとなる言動はあらかじめチェックしてから出発するのが望ましい。特にモスク付近はイスラム教徒が多くいるのでより注意。またハラルフードとそれ以外の食べ物は食器や下膳棚、使う電子レンジなどが厳格に区別されているので、誤らないように注意が必要である。
D. 通信
シンガポールは街中のショッピングモールやMRTの駅にWifiが張り巡らされており、基本的に通信に困ることはないと思われる。私は不安だったのでレンタルWifiを日本から借りていったが正直必要なかったと思う。SIMフリーの携帯をもっている人は現地でSIMカードを買うのが無難である。
シンガポールでカジュアルな連絡手段としてはLINEよりもWhatsAppというアプリケーションが普及しており、実習中担当となった先生と直接やり取りをすることになった場合はそちらを使うことが求められることが多いかもしれない。あらかじめ日本でダウンロードしておくと現地で焦らずに済むだろう。
あとは現地でSMSを受信したり(政府主導Wifiの登録に受信が必要)、万が一に備えて国際電話ができるよう前もって携帯電話会社と海外通話設定を確認しておくのが必要だと感じた。