【海外留学報告】マヒドーン大学(タイ)千葉 馨

医学部医学科 千葉 馨
留学先:マヒドーン大学(タイ)
実習期間:2019年4月15日~5月10日(4週間)
留学の種類:北海道大学医学部医学科(医学教育・国際交流推進センター主導)トライアル派遣
留学時の年次:6年次

1. タイでの実習を希望した理由

私は将来、世界の医療過疎地域で、プライマリケア、感染症、公衆衛生の分野で臨床医や医系技官として働くことを考えています。その上で、世界の様々な場所で暮らす人々が持つ固有の健康問題と彼らが受けている医療に関心があります。
今回、熱帯感染症をはじめとする現地でしか見ることのできない疾患やタイ伝統医学を経験し、疾患の多様性、タイ固有の医療の内容とその歴史・文化的背景を学びたいと思い、タイでの実習を希望しました。

2. 実習開始までの事務手続き

留学に至るまでの事務手続きについてまとめます。
次年度以降の派遣では詳細が変更されることも考えられますので、あくまで参考として読んでいただければと思います。

● 実習の申込登録・確定までの流れ

まず始めに、マヒドーン大学での実習を希望する旨を本学医学部の医学教育・国際交流推進センター国際連携部門の先生に連絡しました。それを受けて国際連携部門の先生が先方とコンタクトを取り派遣学生を紹介した後、派遣学生本人が先方とメールでのやり取りを開始しました。

具体的に、以下の書類を2018年(留学前年)10月末までに提出するよう言われました。
– 登録フォーム:個人情報や希望する実習期間・実習科などを記載しました
– 写真(1×1.5インチ)
– 大学からの推薦書
– CV
– 大学の成績の写し
– 実習希望理由、到達目標などを記載したPersonal Statement
– 英語能力を証明するもの:私の場合はIELTSの結果を提出しました

これらの書類を提出後、実習期間、実習科が決定した旨のメールを2018年11月上旬に受け取りました。

実習場所と実習期間

マヒドーン大学Siriraj病院にて、2つの科をそれぞれ2週間ずつ回りました。
– 2019年4月15日~4月26日:Division of Infectious Diseases and Tropical Medicine
– 2019年4月29日~5月10日:Thai Traditional Medicine

航空券

私の場合は、直前にアメリカで別の実習に参加していたため、アメリカからタイに直接渡りました。以下に利用便の詳細です。(時間はすべて現地時間)
<アメリカ→タイ>
出発 2019/04/13(土) 01:45 ニューヨーク / J.F.ケネディ国際空港(中国東方航空298便)
到着 2019/04/14(日) 04:40 上海/ 上海浦東国際空港
出発 2019/04/14(日) 09:15 上海 / 上海浦東国際空港(中国東方航空541便)
到着 2019/04/14(日) 12:30 バンコク / スワンナプーム国際空港

<タイ→日本>
出発 2019/05/12(日) 02:30 バンコク / スワンナプーム国際空港(中国東方航空548便 )
到着 2019/05/12(日) 07:40 上海 / 上海浦東国際空港
出発 2019/05/12(日) 13:05 上海 / 上海浦東国際空港(中国東方航空539便 )
到着 2019/05/12(日) 16:45 東京 / 東京国際空港(羽田空港)

宿泊場所

派遣学生から先方に宿泊場所に関する質問のメールを送ったところ、2019年2月下旬に病院の近くの宿泊先リストが送られてきました。私たちはその中から、病院から徒歩10分ほどにある下記アパートメントを選びました。オーナーのタイ人家族にはソンクラーン祭りに連れて行ってもらったり、何度かフルーツをもらったりと、親切にしてもらいました。

– 宿泊先名 Asset Apartment Siriraj
– 住所 504/40 Soi Wanglang 6, Siriraj, Bangkoknoi, BKK, 10700
– 家賃 12,000バーツ+電気・水道代(デポジット5,000バーツも併せてチェックイン時に現金で支払い)

現地で一緒になった他の留学生は大学寮(女子寮はSiriraj病院の敷地内、男子寮は病院の北側にありバス通学していた)に滞在しているようでしたが、私たちは大学寮があることすら知らされていませんでした。Siriraj病院前のWang Langマーケットにあるホステルに滞在していた学生もいました。

ワクチン、健康保険

必要書類のチェックリストには留学確定のAcceptance Letter受領後にワクチン歴、健康保険の証明証を提出するよう記載がありましたが、結局私は先方からAcceptance Letterが送られてこなかったため、それらは提出しませんでした。ただし、健康保険は留学に必須なので渡航前に加入しました。

ビザ

ビザに関して、日本のパスポートでは30日までビザなしでタイに滞在できるため、ビザを取得する必要はありませんでした。ただし、ビザなしで滞在できる期間は変更し得ること、先方がビザ取得を要求することなども考えられることから、次年度以降の留学生は各自で情報確認、先方への問い合わせを行うのがよいと思います。

そして実習開始直前の2019年4月12日に、先方から初日の集合時間・場所を伝えるメールを受信しました。初日の朝はまずInternational Relations Officeに赴きパスポート情報などの基本情報をフォームに記載し、ついに実習がスタートしました。

3. 実習内容

● Division of Infectious Diseases and Tropical Medicine

主に毎日の回診、隔日のMicrobiology Round、加えて結核外来、HIV回診・外来、ジャーナルクラブに参加しました。

回診ではSiriraj病院内の多くの病棟をまわり、感染症科が担当している患者一人一人について、担当医が病歴やアセスメント、治療をプレゼンし、指導医が質問や解説をする流れで進みました。日本の医療現場ではなかなかお目にかかれないような感染症(MelioidosisやPythiosisなど)、薬剤耐性菌の感染症を実際に見ることができたこと、抗菌薬の種類とそれぞれの抗菌活性や選択方法、副作用について症例ベースで勉強できたことにはとても満足しています。先生方は皆さん英語堪能かつ教育的で、疑問に思ったことを質問しやすい環境でした。

Microbiology Roundでは、患者からとられた検体を実際に顕微鏡で観察しました。日本では細菌検査技師さんが担っているような役割をタイでは専門の医師が担当しており、このRoundでは感染症科の先生が患者の病歴やアセスメント、治療を述べて細菌検査専門医が病原微生物の形態や化学的特徴について説明していました。日本の医学教育では微生物の形態学は基礎医学として勉強した後はあまり触れないため、私も最初は復習を要しましたが、微生物を形態や培養、染色、生化学検査により特定すること(=微生物の特徴を理解すること)の面白さと、それが抗菌薬を適切に選択する上で必要不可欠であることを再認識しました。

結核やHIV専門外来では、それらの診療経験が豊富な医師に付いて、患者の問診、病状説明の見学、先生との質疑応答をしました。日本ではそこまで多くないこれらの感染症の患者が次から次へと来る外来で、様々なコントロールの患者を見たり、特にHIVの多様な治療薬選択について勉強したりと充実した時間でした。また、タイでは確定診断されていない結核疑いの患者がサージカルマスクもせず外来にやってきていて、患者数や医療資源の状況に起因する日本とタイの違いを目の当たりにしました。

2週間の感染症科での実習を通して、感染症について深く学ぶことができただけでなく、自分が興味のある分野の疾患が数多く集まっている世界有数の臨床現場にて勉強することの楽しさを実感しました。このことは自分の将来のキャリア選択においても大きな意味を持ってくると確信しています。

Microbiology Roundにて

● Thai Traditional Medicine

まず始めにThai Traditional Medicineの基本的な考え方を教わった後に、王宮式マッサージのレクチャーと実践、病棟での産後ケア実習、製薬工場の見学など、Siriraj病院のApplied Thai Traditional Medicineセンターが治療やHealth Promotionとして行っていることを広く体験できるカリキュラムになっていました。

特に印象的だったのはCommunity Healthcare Servicesです。これは地域の特に金銭的に余裕がない患者に無償で問診や診察、マッサージ、薬の処方を行う定期開催の診療所でした。私たち留学生も前日に習った王宮式マッサージを実際の患者に対して実践しました。何よりも現場の雰囲気がとてもよく、先生方は家族のように患者に接していて、タイ伝統医学がタイの人々に広く浸透し、受け入れられていることを実感しました。

Community Healthcare Servicesにて、タイ王宮式マッサージを実践した

産後ケア実習では、主に分娩後の乳房の張りを改善するためのHot Herbal Compression(蒸して熱したハーブの入った袋を布で巻いて、患部に押し当てて行うマッサージ)を行いました。タイでは産後の女性はこのようなタイ伝統医学によるケアを無償で受けることができ、多くの分娩直後の女性が病棟でHot Herbal Compressionを受けていました。私たちも患者に許可をもらい、張って痛みを伴う乳房にHot Herbal Compressionを行いましたが、疼痛の数値評価スケール(0~10点)で8だった痛みが施術後には4にまで和らぎ、治療の効果を目の当たりにしました。

実習最終日には自由なトピックについてのプレゼンテーション発表会がありました。私はタイ伝統医学のHot Herbal Compressionが漢方医学のお灸に似ていることより、お灸とHot Herbal Compressionとの比較に関する発表をしました。プレゼンテーションの準備や発表会を通して感じたのは、日本では西洋医学と東洋医学(伝統医学)の地位があまりにも乖離していることです。日本では特定の疾患に対して医師が鍼灸を処方しない限り、患者は鍼灸を医療保険で受けることができない仕組みになっていますが、肝心の医師はほとんど漢方医学の勉強をしていません。同時に、漢方医学を体系的に学べる教育機関が日本には少なく、鍼、灸、指圧などの専門学校が別々に存在しているのが現状です。一方タイでは、かつて国の権力者がタイ伝統医学の推進に尽力した歴史的背景もあり、西洋医学と並んで伝統医学が確立されています。現にThai Traditional Medicine科の学生はマッサージやHot Herbal Compressionだけでなく、製薬やタイ伝統医学の基礎概念に基づく問診、身体診察、診断の勉強までしていて、体系的に伝統医学を学んでいる様子でした。

Thai Traditional MedicineのHermit Doing Body Contortionにて

2週間の実習を通して、私個人としては、日本で漢方医学の体系的な教育体制が確立され、西洋医学と漢方医学の医師が互いにコンサルテーションし合い、患者にとっての最適な医療をそれぞれの医学の概念に正しく基づいた形で提供されるようになればと考えるようになりました。

4. 実習にかかった費用

交通費

・航空運賃
日本→アメリカ→タイ→日本の周遊航空券を144,440円で購入しました。

・現地での移動
現地では主にGrabというUberのようなアプリを多用しました。空港から宿までは約400バーツ、市内の移動でも100~200バーツのことが多かったと思います。他にも、市内にはBTS Skytrainや地下鉄があります。
2019年5月現在、病院やアパートメントのあるSiriraj周辺にはBTS、地下鉄の駅はありませんでした。そのため、バンコク中心部にアクセスするには、Grab利用するか、チャオプラヤ川の水上ボートに乗って川の対岸まで行きそこからGrabを使うか、もしくはボートでBTSのTaksin駅近くまで南下しBTSに乗り換えなければなりませんでした。

宿泊費

宿泊費、電気水道代合わせて約13,500バーツ(2019年5月25日現在のレートで約46,000円)でした。チェックイン時にはデポジットとして5,000バーツを支払いました(チェックアウト時に返還)。

生活費

どんな生活をするかによって生活費は大きく変わってきますが、例えば学校のある平日にSiriraj周辺で終日生活するとすると、食堂やマーケットで食事をして300バーツ/日、徒歩通学のため移動費はなし、マーケット等で生活用品や食べ物を買ったとしても私の場合100~200バーツ/日だったため、生活費は計400~500バーツ/日でした。
週末にバンコク中心部や郊外に行った際にはそれより多くのお金を使ったと思いますが、概してタイの物価は日本に比べて3分の1程度だと感じました。