医学部医学科 宮岡 慎一
留学先:マヒドーン大学(タイ)
実習期間:2019年4月15日~5月10日(4週間)
留学の種類:北海道大学医学部医学科(医学教育・国際交流推進センター主導)トライアル派遣
留学時の年次:6年次
1. はじめに
皆さんはじめまして。北海道大学医学部医学科6年に在籍する宮岡慎一です。
この度、医学科6年次に実施される長期選択実習の枠を利用して、タイの首都であるバンコクにあるSiriraj Hospitalにて2019年4月13日 – 5月9日の4週間の海外臨床実習に参加しました。
今回、本学からの海外臨床実習の枠でのSiriraj Hospitalへの学生派遣は初であったということもあり現行では十分な情報があるとは決して言えません。だからこそ次年度以降でSiriraj Hospitalで実習を希望する皆さんの一助となることを願いながら、この報告書を作成しました。Siriraj およびタイでの4週間の生活は間違いなく充実したものとなることを確信してやみません。是非この報告書を読んで興味を持った皆さんは留学生の受け入れにも大変寛容かつ実績のあるSiriraj Hospitalを検討し、挑戦してみてくださいね!
2. 今回の留学を志した動機
僕は将来、小児科や感染症科の専門知識や技術を身に付けながら公衆衛生やGlobal Healthといった分野にも習熟し、単に臨床医としてだけではなく時には研究者や行政官といった職種も含めて日本・世界を問わず多角的に人々の健康増進に貢献できるような人材になりたいと思っています。
とりわけ感染症に関しては大学入学時より興味があり、基礎研究に従事した他、米国 University of Wisconsin Madisonにて Medical Microbiology and Immunology を専門とする1年間の交換留学を経験し、常に関心を持って取り組んできました。
また感染症の公衆衛生的な側面にも興味を持ったことからJICAや国立国際医療研究センター(NCGM)、熱帯医学・感染症学で有名な長崎大学等も訪問し、各種学会等にも参加し、自分の将来の方向性について模索してきました。
同時に実習や旅行等を通じて先進国・発展途上国を含めた様々な国に渡航し現地の人々と交流する中で、自分がいる環境とは全く違う環境で生活する人々の存在や自分には将来どのようなことができるのかについて思いを馳せ、現状では先述のような将来の夢を持つに至りました。
そして医学科5年になり海外も含めた多くの臨床実習に参加する中で、より一層自分の将来の医師像をはっきさせたいと考えていたところに今回のタイでの臨床実習の話が持ち上がりました。
元々Siriraj Hospitalやその母体であるMahidol Universityは熱帯医学の分野では世界的に大変著明であり、多くの日本人が既に熱帯医学・感染症を学ぶために現地に渡航しています。
学生のうちから世界レベルの感染症を、世界的に有名な施設で見学することができればきっと今後さらに進路を選択していく上で参考になるだろう、そう考え当時の国際協力推進センターの担当教員であった村上先生に相談し、既に先方からの学生の受け入れも多かったことから快く承諾していただき、実習に申し込む運びとなりました。
3. 渡航まで
● 北大トライアル派遣の仕組み
現行のカリキュラムでは6年生の4月より約3ヶ月間、1ヶ月毎に自分が選択した学内の診療科をローテートとする長期選択実習があります。この期間を利用して1か月分の実習を海外に置き換えるものが海外臨床実習です。
海外臨床実習は大きく分けると①正規派遣、②トライアル派遣の2種類があり、前者は既に昨年度以前に学生を派遣した実績があり、留学に至るまでのスケジュールや内容等がある程度確立している海外臨床実習で医学科教務が中心となって皆さんの留学をサポートします。一方、僕が今回臨んだようなトライアル派遣というのは、以前に学生を派遣した実績がまだなく今回の派遣が初めてとなるもの、そのため準備や現地の実習についてはまだ不明な部分が多い点が特徴であり、医学教育・国際交流推進センター国際連携部門が主導となって留学の準備が進みます。
派遣自体は①も②も特に大きな違いはないため、行きたい国・大学が正規派遣のリストにある場合はそちらを選択し、今まで学生を送ったことのない新しい大学に留学したい場合は事前にその旨を国際連携部門に伝え、トライアル派遣の希望を明確にしておくと良いと思います。とは言ってもまだまだ新しい仕組みで毎年やり方が変わっている印象があるので詳しくは毎年5~6月あたりに国際連携部門主導で行われる海外臨床実習説明会の説明を参考にしてください
● 現地での英語について
当たり前ですが実習は英語で行うこととなります。
タイの一般の人の英語力は日本とそれほど大きく変わりはなく、観光地から離れると一般の人には基本的に英語は通じません。
ただ、Siriraj Hospitalの医療関係者は別です。こちらでは他の多くの国々のように基本的に医学は全て英語で学習しており、授業やJournal Club等で用いられるスライドも全て英語です。実際のディスカッションはタイ人だけの場合はタイ語ですが、僕ら留学生が混じるものでは英語でのディスカッションとなり、研修医や指導医、学生に至るまで英語で症例報告やディスカッションを問題なく行うことが可能です。現地の医療関係者は例えタイ語で話していてもその後すぐに英語で通訳してくれるなど非常に好意的ですので、実習についていくためにも医学英語を事前に学んでいくことは必須ですし、現地でも十分に英語で医学が学べることを期待して良いでしょう。
● 提出書類の準備
以下に申し込み後に先方から送られてきた提出書類の一覧を掲載します。
☐ Regulations with signature
☐ ST1 form (申請者の基本情報のようなもの)
☐ One photograph (size 1 × 1.5 inches)
☐ Letter of certification/recommendation from your medical school
☐ Curriculum Vitae
☐ A transcript
☐ personal statement (motivation letter) indicating why you wish to have an elective at Siriraj and what you wish to achieve from this elective
☐ English Proficiency Score or a certify letter of English Proficiency Communication issued by university (特にどの程度のレベルが必要かに関する記載なし)
特に準備をするにあたって難しい書類はなく、どれもパソコン上で時間のある時に作成できる書類ばかりです。僕たちの場合の〆切は10月31日でしたのでそれに間に合う形で準備をしました。
● 実習先の診療科について
このSiriraj Hospitalは留学生だけでも毎年200人前後を世界各国から受け入れているような大病院であり、基本的にはどの診療科にも受け入れ態勢はありますが留学生の受け入れを許可している期間や条件に制限があるものがあります(先方より受け入れ先のリストが届きます)。
とりわけ人気なものはまさに僕たちが実習を行った①Applied Thai Traditional Medicine、②Infectious Disease & Tropical Medicine の2つだそうで、申し込みの時期やPersonal Statement の内容を見ながらの選考となるようです。(例えば、実際に現地で②に申し込んだが空きがなく実習ができなかったアメリカ人の医学生がいました)なので同時に送られてくる実習先のリストを見ながら早めに、かつPersonal Statement をしっかり作り込んで送ると良いかと思います。僕の場合は8月に書類を提出し、11月の頭に実際の受け入れ先が確定しました。
● VISAについて
先方からはVISAを事前に取得する旨の連絡がきました。ただタイのVISAを取得する場合は大阪にあるタイ王国総領事館まで行く必要があり、VISAに関する話を受け取ったのが比較的日程が迫っていたこと、医学科5年次のコア科実習で学外での実習が多かったことに加えて、僕の場合はタイの前にイギリスでの臨床留学があった関係でパスポートが手元にない期間もあり、結果的に先方と交渉の結果30日以内の滞在であればVISA取得は必須ではない旨の連絡をいただくことができました。現地の他の(たくさんいる)日本人留学生に聞くとVISAを取得しているケースが多く、特段理由がない限りは例え滞在日数が30日以下であってもVISAの取得が推奨されているようです。
● 宿泊施設について
10月末の書類提出期間が終わるのを待って宿泊施設に関する交渉をしておりましたが、実際に先方から宿泊施設に関する連絡を受けたのは2月の後半でした。僕たちの場合は先方よりSiriraj Hospital 周辺のアパートやホテルに関する情報を受け取り、そこから自分達でFacebook等を利用して自分達で予約を進めるよう指示がありました。僕たちが宿泊したのはSiriraj Hospitalから徒歩約5-10分のAsset Apartment Siriraj という所です。ただ後ほど他の日本人及びその他の留学生に聞いてみると宿泊施設についてはバラバラで、現地であった学生のうち、男性は皆歩いて20-30分ほどの距離にある男子寮(家賃月額100 BAHT!!)に宿泊し、女性もキャンパス内の女子寮に宿泊していました。(どちらも3人1部屋など)僕らの場合は寮に空きがなく、斡旋がされなかったということでした。他にもSiriraj Hospital に面しているWang Lang Market 内のゲストハウスを利用している学生もいたりと、様々なオプションがありそうなので、申請が決まった時点で色々と情報収集を行い自分にあった宿泊施設を見つけることをおススメします。
● ワクチンについて
Background for vaccination およびHealth Insuranceの証明書類をAcceptance letterが発行されたのちに提出するよう事前に先方から指示がありました。(但し、結局acceptance letterは発行されないまま留学の話が進み、証明書に関しては両方とも提出しておりませんが…)ワクチンに関してはCDCのweb siteにて規定されているものを事前に接種するよう指示がありました。https://wwwnc.cdc.gov/travel/destinations/traveler/none/thailand
ちなみに余談ですが、現地でワクチン接種を受けることも可能です。日本では未承認だが海外では一般的なワクチン等が揃っている他、例えば北海道では平日の日中の限られた時間でしか接種できない黄熱病などのワクチンも全て揃っていてとても便利です。後述の通り非常に優秀なInfectious Disease Teamの元で運営されているワクチン外来ですので、どこぞやのブログに書かれているような(例えば針の使い回しでHIVに感染するetc..)心配をする必要はありません。日本で受けづらいものがある場合は現地でのワクチン接種を検討しても良いかと思います。
4. 現地での実習
1) Infectious Diseases
現地でのスケジュールは以下の通りです。水曜日と金曜日の午前中に空き時間がありますが、基本的には内容盛りだくさんという印象です。以下、詳細を記します。
・ Microbiology Round
現地の細菌検査室に学生・留学生・研修医・フェロー・指導医・Medical Microbiology の教官が一同に集まり、感染症科をローテートしている研修医やフェローがそれぞれ症例報告をしたものの各種培養や検体を顕微鏡で確認しながらディスカッションを行います。
日本では比較的手薄となってしまう病原微生物の分類やそれぞれで使用する培地、培養の肉眼的特徴、顕微鏡上の特徴などを確認するのですが、基本的なGPC やGNRを分類していく作業から、各種抗菌薬のカバー範囲、PCNaseやESBL、ampCやmetaro-βラクタマーゼなど耐性に関する議論、colistin耐性のある菌やaspergillus speciesのそれぞれのサブロー培地での肉眼上の特徴などやや高度な議論にまで及び、ある意味で毎日復習したくなるようなトピックが飛び出すとても刺激的なroundでした。
・ Topic Review
研修医が事前に準備してきた有名雑誌の論文について紹介し、学生や上の先生も含めた議論が行われます。僕らの時には例えば「Clinical Practice Guideline for the Management of Asymptomatic Bacteriuria: 2019 Update by the Infectious Diseases Society of America」という論文が紹介され、実際にその後のTeaching Roundでも無症候性細菌尿に関してこのケースでは抗菌薬はいる?いるとしたら何を処方する?といったことまで質問され、とても印象に残りました。
・ Infectious Disease (ID) clinic
指導医の先生の外来の様子を見学します。僕らが実際に見学した外来では指導医の先生より「だいたい結核とHIVだよ」と言われた通り、HIVや結核のFollow upで来ている患者さんがほとんどでした。中には結核診断後あまり日が立っていない患者もおり、実際に結核が疑われて初めて地下の隔離室にて診察等が行われるということでしたが、あまりにも患者が多いのでそれほど気が使われていないような印象でした。
・ HIV Round
入院中のHIV患者を感染症科全体でRound します。例えばHIV患者に典型的なpruritic papular eruption (PPE)を多く見学できた他、後述するHIV clinicで再度復習することになるHIV の各治療薬について、その種類(NRTIやNNRTI、Protease Inhibitor やIntegrase Inhibitor)やそれぞれの副作用(消化器症状、脂肪萎縮、骨髄抑制や腎毒性、尿路結石、Fanconi Syndromeなど)、基礎疾患による使い分け(腎障害や肝障害)や遺伝子検査による薬効や副作用の変化(Abacavir のHLA-B*5701とhypersensitivity )などについて学ぶことができました。「タイでは1000人中3人がHIVに感染しているからね」という言葉が印象的でした。
・ HIV Clinic
HIV roundが朝にあり、その日の日中はHIV 外来を見学します。基本的には病状が安定しているHIV患者さんの投薬コントロールや定期follow upがメインですが、先述のHIVの治療薬選択に関してさらにadvanceの内容を教えていただくことができました。「薬物選択は難しくない。Drug Resistance やinteraction、side effectをしっかり押さえることが重要」という話があり、具体例としてはK65RやM184 V/I、K 103 N、M 230 L などの遺伝子変異とそれによる耐性の話、HBVをcoverしたい場合に使用する薬剤について、副作用としてのよく見る大球性貧血、心血管系に基礎疾患のある患者への対応、妊婦への対応等々が議論されました。
・ Medical Conference
タイに限らず、Medicineという言葉は内科一般を示すものとして用いられており、そのMedicine buildingで広く内科の医師・学生に向けた症例報告が行われるセッションです。僕らが参加した時は血液内科からFever of Unknown Origin (FUO)からの血管内リンパ腫に関する症例報告があり、現地の学生が熱心に講義を聞いている様子を見学することができました。
現地の学生は基本的に全員iPad を片手にGood Noteを用いて講義を聞いています。スライドが変わる度にそのスライドを写真に収め、iPad上でひたすらメモを取っている様子は圧巻でした。
・ Journal club, Grand Round/Conference
この日は普段外来を担当している上の先生方が全て病棟のConference Roomに集まり、研修医の論文紹介の他、新たに入院したケースのうち特に議論が必要なものについて症例報告がなされ、上の先生も含めて議論が行われます。
僕らの時には「An environmental cleaning bundle and health-care-associated infections in hospitals (REACH): a multicenter, randomized trial」や「Active and passive case-finding in tuberculosis-affected households in Peru: a 10-year prospective cohort study」といった論文が紹介されました。ディスカッションは全て英語で行われますが、fellowの先生が逐一通訳をしてくれたため、議論について行くことができました。
・ Teaching/Service ground
午後2:30-3:30辺りから毎日実施されるroundで約3000床もある巨大なこのSiriraj Hospitalの様々な科から受ける感染症コンサルトについて病院の中を移動しながら1件1件コンサルティングをしていきます。いつも結局は18時前後まで長引きますが本当に多様な症例を毎日のように見ることができとてもexciting なroundでした。
多かったのはmulti-drug resistance の緑膿菌感染症やacinetobacter 感染症でしたが、結核やHIVは勿論のこと、日本の感染症科領域でも重要な感染性心内膜炎(後日、起炎菌や治療法について課題が出る)や骨髄炎の他、MerioidosisやPythium infection、 candida tropicalisやdubliniensis、Blastocyst infection、Fusarium infectioun、Penicillium marneffei、Strongyloides stercoralis、morganelar morganii といったあまり今まで勉強したことがなかった微生物に関しても何度も遭遇することで理解を深めることができました。
最終日の最後はPIP/Taz とカルバペネムの違いについて学生からフェローまで一人一つずつ挙げていくというゲーム(?)で終了し、最後まで非常にボリュームのある大変充実したセッションでした。
※Transplantation Roundに関しては僕らが実習をしていた2週間の両方でcancel となってしまい体験することはできませんでした。
2) Thai Traditional Medicine
後半2週間の実習はApplied Thai Traditional Medicineで実習をさせていただきました。
Thai Traditional Medicine (TTM) については以下のWHOより発行された文献の抜粋がよくまとまっているため敢えて和訳せずそのままの形で掲載します。
●What is Thai traditional medicine?
According to the “Protection and Promotion of Thai Traditional Medicine Knowledge Act B.E. 2542” (1999), Thai traditional medicine is defined by law as “the medical processes dealing with the examination, diagnosis, therapy, treatment, or prevention of diseases, or promotion and rehabilitation of the health of humans or animals, midwifery, Thai mas-sage, as well as the preparation, production of Thai traditional medicines and the making of devices and instruments for medical purposes. All of these are based on the knowledge or textbooks that were passed on and developed from generation to generation”. The four elements (Tard) of the body According to TTM which is based on Buddhism, the human body is composed of four elements (‘tard’ in the Thai language), i.e., earth, water, wind and fire. When the four elements of the body are in equilibrium, it will be healthy. In contrast, if an imbalance in these elements occurs, i.e., if there is a deficit, an excess, or disability in any of the four elements, a person will become ill. Moreover, the imbalance in the four internal elements and illness can also be due to an imbalance in the four external elements as well.
● The Practice of TTM
The arts and the practice of TTM can be divided into four main areas, i.e.1. Medical practice involving the diagnosis and treatment of diseases or symptoms 2.Pharmacy practice involving the use of medicinal materials derived from plants, animals or minerals as traditional medicines and the art of compounding those ingredients into various dosage forms of TTM recipes. 3. Traditional midwifery, and 4.Nuad Thai or Traditional Thai massage. Treatment of diseases and symptoms and health promotion using TTMTTM is considered a holistic medicine. The treatment and health promotion emphasizes adjusting the balance of the body elements and various factors, e.g., tard chao ruan (dominant element of one’s body),seasons, where one lives, external elements have also been taken into account in order to give appropriate treatments. Treatments prescribed for patients are based on the four fields of TTM practice, e.g. herbal medicine preparations, traditional Thai massage, post-partum care, mother and childcare, as well as some rites and rituals, if necessary.
上記のIdeaを何度も学習・復習しながら次ページに掲載しましたプログラムに参加しました。
・ Introduction of Basic elements
先述のタイ伝統医療を実践する上で最も基本的な4つの要素(Earth, Water, Wind and Fire)について学び、また病気も含めた体の不調はこの4つのelementのimbalanceで起こること、そしてタイ伝統医療ではそのimbalanceを4つの方法(Medical Practice, Pharmacy Practice, Traditional Midwifery and Traditional Thai Massage)で修正するという考え方について学ぶことができました。
・ Production of internal use medicine
タイ伝統医療で使われる薬(種々の薬草や種子、樹木や果物、鉱物に至るまで)を実際に工場で生産している様子について見学することができました。タイ伝統医療を行う医者は皆、この薬の製造工場での研修・勤務が義務であり、既に機械化・効率化されている薬の製造を改めてわざわざマニュアル(手作り)で学ぶことで、例え自分がタイ伝統医療医としてへき地や医療資源が少ない地域で医療を行う際にも現地で必要な植物等を調達し自力で薬を作ることができるようになる訓練をしている、という話を聞き医療資源が十分でない地域での医療が想定されている点は大変印象に残りました。
・ Herbal Garden Tour
Siriraj Hospitalの敷地内にあるHerbal Gardenを担当の先生方と回ります。一つ一つの植物に対して、古来よりどのような疾患や症状に使われていたかの逸話がありタイ伝統医療医はそういったことも併せて学習していくことを教わった他、全てではないものの多くの植物は実はその辺の庭に植わっているような植物ばかりであり、決して高価であったり稀少なものではなく、また知識があれば一般の人でも薬として利用することができるという話を聞き、伝統医療の持つ魅力を再認識することができました。
・ Basic massage
実際に診療にあたっている医師よりマンツーマンでタイマッサージの指導を受けました。タイに旅行したことがある人なら誰もが目にしたことのある(例えば街を歩いているとその辺にあるような)タイマッサージは全て庶民向けのものであり、術を施す際の姿勢に強い縛りはなく、また体を大きく捻るような動きが多いのに対して、僕たちが学習したマッサージは王族に施すマッサージであり、術を施す姿勢や座り方、体の位置や押し方に至るまで無礼をはたらくことなく丁寧かつ効果的に行う方法を学びました。
・ Community Healthcare Service
Siriraj HospitalのApplied Thai Traditional Medicineに所属する医師が2~3ヵ月ごとに地域の村々を訪れ診療所を開き、様々な主訴を持つ患者に対して無料で伝統医療を施すのがこのCommunity Healthcare Serviceで、やはり経済的や地理的な理由で病院へかかるのが難しい人々を対象としています。現地では簡単なバイタルの測定を行った後、主にマッサージやBody Contortion、薬の処方を行う様子を見学し、また肩こり・腰痛の患者に対して実際にその前日に学習したタイマッサージを行いました。
・ Post-partum Care
Siriraj Hospitalの産科病棟に出向き、出産を終えた患者に対してpost-partum careを行います。種々のハーブを熱したものを用いて腹部および乳房をマッサージする様子を見学することができた他、西洋医療と伝統医療が協力して患者様の診療に当たっている(Integrated Medicine)様子を見学することができました。
・ Body Contortion
いわゆる「ヨガ」のようなもので、タイの歴史にも登場する伝統的な姿勢を取りながら先述の4つのelementsのアンバランスさを修正します。基本の形を学んだ後は一般人向けのBody Contortionのセミナーに参加し、現地のBody Contortionを受けに来た皆さんと共に様々な姿勢を実践し、学びました。後日バンコクの3大寺院の一つである「ワット・ポー」に訪れた際、ここで学習した姿勢を取る人(サル?)の置物が随所に点在しており、タイの歴史や伝統、文化と医療の強い結びつきをひょんなことから実感することもできました。
・ Manufacturing Unit
先述の大学内にある薬の製造工場ではなく、Siriraj Hospitalから約1時間弱の距離にある伝統医療の薬剤製造所兼病院を訪問しました。先ほどの教育機関的側面を持つ製造所とは打って変わり、こちらでは基本的に製造の大部分は機械化され、部分的に人間の手で製造の補助をしている様子を見学できました。また製造された薬は一部が品質管理に回り、僕たち実習生3人で質量や硬度、成分の測定等を現地の研究室で行い非常に精密に作られている伝統医療の薬について学ぶことができました。
・ Medical Herbal Product – Herbal Inhaler
タイのHerbal Inhalerというものを聞いたことはあるでしょうか?バンコク市内を歩き回っていると至る所でリップスティックのようなもの(失礼かもしれませんが)を鼻に当てて何なら匂いを嗅いでいるような光景にしばしば出くわします。このスティック状のものがHerbal Inhaler (リップスティック型は持ち運びに優れているため近くのスーパーやコンビニ等でも購入可能)で、今回の実習を通してこの事前に用意された様々な原料を用いて自分OriginalのHerbal Inhalerを作成しました。
・ Presentation and Evaluation
最終日には評価も踏まえた各実習中の留学生の発表時間があります。テーマは伝統医療に関わるものであればどんなものでもよく、僕は日本の伝統医療教育について、同じくSiriraj Hospitalで実習した千葉君は鍼灸について、またこの2週間同様のプログラムで回ったアメリカの医学生はNative Americanの医療について紹介し、各発表事に活発なディスカッションが行われ大変充実した発表会となりました。
5. 現地での生活
その他に1ヶ月の留学をするにあたって気になるのは現地での生活の様子かと思います。以下に簡単ではありますが現地の生活の様子について幾つかの項目に従って記載を致しました。今後Siriraj Hospitalに限らず臨床留学を志す学生の一助となれば幸いです。
・ お金
一般的にタイは日本の物価の1/3 といわれることをよく耳にしますが、当たり前ですが生活の仕方次第ではどうにでもなると思います。勿論欧米諸国と比べると物価の差は歴然ですが、今まで渡航した他の中進国、発展途上国と比べるとものすごく安いという印象も受けませんでした。目安としては2019年4月時点で大学の食堂でのご飯が1食 180 – 350円程度、地元のマーケットでの屋台飯等が100-200円程度、それなりのレストランでの食事が一回350-700円程度です。Siriraj Hospitalはチャオプラヤ川を挟んで旧市街地・新市街とは逆方向にあるため、移動は基本的にはGrab (Uberのようなもの)に頼ることになりますが初乗りは約100円で700円まで出せばバンコク市内のだいたいの場所に行くことは可能です。
・ 気温
4~5月はまさに雨季に差し掛かる前のタイで最も暑い時期であり、特に日中の暑さは酷く長時間外に出ていることができません。Siriraj Hospital内は場所によってエアコンが効いていたり、効いていなかったりするため常に水分補給を怠らず、汗をかきながら実習に臨むことになると思います。また休日についても日中は観光する元気が出ない程の暑さに見舞われます。日焼け止め等、全て現地で日本と同じものを購入することが可能ですが暑さ対策をしておいて損はないかと思います。ソンクラーンまたはプールや海へ行くように水着等を持って行くのも忘れないでくださいね。
・ 交通
バンコクの公共交通機関はお世辞にも十分整備されているとは言えません。公共交通機関として整備されているものはThe Bangkok mass Transit System (通称BTS)およびmetro (地下鉄)です。どちらも僕たちが実習を行うSiriraj Hospitalには通っていませんが、バンコク新市街では利用することが可能です。ただやはり交通の中心となるのは タクシー、とりわけGrabと呼ばれる配車システムでしょう。流しおよび空港のタクシーですら通常の2倍以上の値段を要求され、また交渉には多大なエネルギーおよび時間がかかり非効率的です。GrabのAppをダウンロードし、Uberのように使うことで時間通りかつ適切な時間で快適なバンコクでの移動が可能になります。1人での利用の場合はなかなか値が張りますが、2人以上であれば1人300円も出せばほぼどこでも行けるのでとても便利です。
・ 住居
男子寮がキャンパスから徒歩で約20分程離れた場所に、女子寮がキャンパス内にあり、どちらも3人1部屋で生活します。女子寮はわかりませんが、男子寮は家賃が月額350円と破格の値段であり、また現地の学生とも交流ができるため寮での宿泊を交渉してみる価値はあるでしょう。僕たちの場合は既に寮に空きがなく、先方から送られてくる宿泊場所(ホステルやホテル、アパート等)のリストを元に、実際にオーナーにFacebook等で連絡をして宿泊施設を確保しました。僕らが泊まったアパートはSiriraj Hospitalから徒歩約10分の距離にあるAsset Apartment Sirirajという建物で電気代や水道代等も全て含めて約5万円程度でした。振り返ってみると正直まだ全然安く滞在する方法はあると思いますが、個室・エアコン完備でかつアパート内にジムもあるような建物で住み心地は良く、ソンクラーン中はSiam Paragonという新市街の水かけ祭りのbattle fieldに行く際に車を出してくれたりもする親切なオーナーがいるというのも良かったと思います。
・ 食事
タイ料理は日本でも非常に有名なのでよく知っている皆さんも多いかと思います。トムヤムクンやパッタイ、パパイヤサラダだけではなく様々なタイ料理を毎日浴びるように食べることができ食事の面では非常に充実していました。屋台料理など衛生状況が気になるという声も聞かれますが、人が入っているような店であれば全く問題はありません。稀に辛すぎて食べられないようなこともないわけではありませんが、基本的には辛味のない料理に対して、テーブルに添えられたスパイスを用いて自分で辛味を付けるスタイルであり好みに合わせて調節することが可能です。また個人的には現地で手に入る日本では稀なフルーツがかなり安価で食べられることが非常に嬉しかったです。マンゴーのみならず、ランブータンやライチ、マンゴスチン、ロンガン、サクラヤシ、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツ、ドリアンなど地元の市場に行くと見たこともないような食材が並んでいます。是非タイに長期滞在するからにはこういった食材も試していただければと思います。
6. 最後に
バックパッカーとしての一人旅、または家族での旅行などどのような形で訪れても素晴らしい思い出を提供してくれる、そんな日本人にとっては文化的にも非常に親しみやすい国がこのタイです。そんなタイの中心地バンコクに1ヶ月滞在することができ、医学のみならずその背景となっている文化や歴史を学び、また多くのタイ人やその他の外国人と交流できる今回の海外臨床実習がどれほど素晴らしい機会か、今回のレポートを通して決して十分に伝えられているとは思えません。このような素晴らしい機会をくださった北海道大学医学部医学科、および関係者の皆さまに改めて心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。